あたたかな陽が差し込むソファに座って本を読んでいるのは琉々。
その横に寝転がって漫画を読んでいるのは玲。
今日もよく晴れた日曜日だった。
仲の良い二人の両親は、映画を観に行っているため、今、家にはこの姉弟二人だけ。
――かと言って、特にはしゃぐ様子もないが。
漫画を読み終えた玲が、むくりと起き上がって、ふと思い立ったように言った。
「姉ちゃんってさー、絶対陸兄ちゃんのこと好きだろ」
「……うん、まぁね」
ページを一枚めくりながら、琉々は答える。
陸兄ちゃん、というのは彼らの家の近所に住んでいる一人の青年のことだ。
物心ついたときから一緒に遊んでもらっている、所謂幼馴染という関係だが、最近はむこうが多忙なのか姿をあまり見かけない。
「えっ、嘘、マジで好きなの?」
「何反応してるの玲……。親友でしょう?」
「なーんだ、そっちか」
期待が外れたような顔をして、玲は琉々の方にもたれる。
琉々はそれを気だるそうに、しかし、引っ付くな、という意思を示して押し返した。
「恋愛の方で好きなのかと思った」
「馬鹿」
琉々は、変に構ってくる弟から離れるために立ち上がり、自室へと移動する。後を追ってこようとした彼を一睨みしてから。
「はぁ……」
部屋に入りドアを閉めてから、琉々は溜息を吐いた。
最近玲がうっとうしい、と感じる。あの子は今がやんちゃ盛りだから、と自分に言い聞かせるが、どうも効果は無い。
ベッドに腰掛けて、また本を開く。
しばらくしてから、琉々は寝てしまった。
「……ね……ん、姉ちゃん……おい、姉ちゃんってば!」
「…………ぅ……ん……?」
「起きろよー、晩ご飯だって! 」
「……玲……」
琉々が目を覚ますと、玲の顔が目の前にあって驚く。
玲は、やっと起きた、とにっこり笑って、それから琉々に起き上がるよう促した。
「な、早く行こ行こ!」
「……うん」
「ほーら、起き上がってー、立ってー」
「わかってる。……」
心の中で、琉々は葛藤していた。
今までずっと可愛がってきた弟なのに、このいらいらする感情は何だろう。勝手に人の部屋に入って来ないでほしい。しかも馬鹿みたいにぐっすり昼寝までしていたところまで見られてしまった。恥ずかしい。いらいらする。何もかも玲のせいにしたい。
しかしそれは単なる八つ当たりであるから、と自分を押し留めた。
その日の夕食は、玲の大好物であるハンバーグだった。
* * *
次の日もよく晴れた。月曜日。
早起きの玲は琉々よりも先に家を出る。大きな声の「行ってきます」が今日も響いた。
琉々も、朝に弱いのもあって、いつもはその十分後に家を出るのだが、今日は少し遅らせて、十五分経ってから家を出ることにした。
あまり調子が出ないから、ゆっくり歩く。
途中で遅刻しそうになることに気が付いて、走って間に合わせた。
「あ、池君」
「ん?」
学校で琉々は、クラスメートの池に話しかけた。
「池君って、妹さんがいるんだよね?」
「ああ」
「変なこと訊くけど、……仲って、良いの?」
「……まぁ、普通」
「うっとうしくなったり、しない?」
「小言言われる時はな」
「そっか、ありがとう」
うんうん、と一人で納得したように頷きながら去って行く琉々の後ろ姿を、池は黙って見ていた。
家に帰った琉々は、リビングにいるであろう玲と顔を合わせたくなかったので、早々と自室にこもる。
また昼寝して二の舞にならないよう、数学の宿題を広げ始める。
「……何やってるんだろう、私……」
池の言葉を思いだしながら、琉々は考えていた。
最近陸の姿を見ないのは、琉々が玲に対して最近そう思っていたように、琉々と玲のことをうっとうしく思っていたんじゃないかと、ずっとそうだと思いこんでいた。
「違うのかな……」
理由なんて他にもいくらでもあるだろう。
勉強や部活で忙しいだとか、友達と遊んでばかりいるだとか。
そんなことを考えていたら、陸に会いたくなってきた。
思い立ったが吉日、という陸に教わった言葉を元に、琉々は部屋を飛び出して、玲がいると思われるリビングはすっ飛ばして、陸の家まで走っていった。
「陸ーっ!」
インターホンも押さずに、琉々が家の前で叫ぶと、玄関のドアを開けたのは、この家の主であるどらおじさんだった。
「あ……こんにちは」
「ああ、琉々か。久しぶりだね、陸なら――」
と、すぐにすごい勢いでおじさんを押しのけて陸が出てくる。
「琉々! なに、なんだ? どうかしたのか?」
「……陸……」
「とりあえず、二人共中に入りなさい……。……陸、さっきのは痛かったぞ……」
「おあ、ごめん。……琉々、おいで」
陸が琉々に手をさしのべたが、琉々は少し照れて、その手は受け取らずに家の中に入った。
「一人なのか?」
「うん……。あ、さっきおじさんがいたけど、今日は、診療所は?」
「今はおばさんが行ってる。で、わざわざ家の前で人の名前叫ぶぐらいだ。なんの用?」
「……あ……」
陸に訊ねられ、言おうとした琉々は躊躇う。
勢いで飛び出してきてしまったため、実際に言いたいことはうまくまとまっていない。
しかし、ここまで来たのだ――言うしかないだろう。
「……陸は、玲のこと好き?」
「これまた突然だな。……勿論好きだよ」
「親友だから……?」
「そう」
陸は笑って答えた。
その変わらない笑顔を見て、琉々は安心して言葉を続ける。
「あのね、私……玲のことが、何だか、嫌いになったみたい……」
やはりうまく言えなくて、曖昧な表現になってしまったが。
「そっか……」
陸の返事は案外素っ気無い。小さく、続けて、と言った。
「でもね、玲のこと、やっぱり大切な弟だから……好きで、でも最近うっとうしいなと思ったり、酷い言葉も言っちゃうし……」
「……そういうもんじゃないの?」
「昨日勝手に部屋に入られて、ちょっとむかついた」
「オレだっておじさんに入られるのは嫌さ」
「……そういうもの?」
「そうそう」
陸は、なんだそんなことかよ、と言って声をあげて笑った。
何がおかしいんだろうと琉々は首を傾げるも、陸が楽しそうに笑うものだから、ついつられて笑ってしまう。
「……なあ琉々。それ、玲に言ったらどうだ? ……ちょっと厳しいかもしれないけどさ」
「え?」
「玲だって、お姉ちゃんに『嫌い』って言われて泣くような年でもないだろ?」
「泣かない、とは思うけど。……」
「玲に嫌われるのが怖い、か」
陸にそう言われて琉々は言葉を詰まらせる。
が、自分が信頼を寄せる陸を疑うのも嫌なので、頷いた。
「うん、怖い……。でも、……言ってみる」
「よし。オレもいたほうがいい?」
「大丈夫。……ありがとう、陸」
「どういたしまして。またいつでも来いよ。……玲も一緒に。あと、受験応援してる」
「頑張るね」
陸に見送られて、琉々は家に帰る。
西の空は、もうすっかり、綺麗に真っ赤だった。
ただいまを言うか言わないかのうちに琉々はリビングを覗く。
琉々が思っていたとおり、玲はやはりそこにいて、宿題だろうか、数式が連なっているノートを広げていた。
「玲」
名前を呼ぶと、すぐにこちらに反応する。
「あっ、姉ちゃん。おかえりー!」
「……ただいま。あの、……玲」
「ん? 何?」
玲は鉛筆を置き体を琉々の方に向けて、琉々の話を聞こうとした。
「……私、玲のこと……、玲のことが、嫌い」
「えー、何だそれー」
「……でもね、玲のこと、大好きだから。……ごめんね」
「は?」
琉々の言葉の矛盾に、玲が首を傾げる。
「姉ちゃん、意味わかんない……」
「なっ、……人が真面目に話してるのに……」
「要するに、姉ちゃんは俺のことが嫌いで好きなんだろ?」
玲が立ち上がって、琉々の前までやってきた。
にっこり笑う、その笑顔はいつまでも変わらない。
「俺も姉ちゃんのこと大好きだって」
おやつあるかなー、と台所へ行こうとする玲に、つまみ食いするな、とも言えないで。琉々は、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
言いかけたありがとうの言葉は、夕食の席で言うことにした。
その横に寝転がって漫画を読んでいるのは玲。
今日もよく晴れた日曜日だった。
仲の良い二人の両親は、映画を観に行っているため、今、家にはこの姉弟二人だけ。
――かと言って、特にはしゃぐ様子もないが。
漫画を読み終えた玲が、むくりと起き上がって、ふと思い立ったように言った。
「姉ちゃんってさー、絶対陸兄ちゃんのこと好きだろ」
「……うん、まぁね」
ページを一枚めくりながら、琉々は答える。
陸兄ちゃん、というのは彼らの家の近所に住んでいる一人の青年のことだ。
物心ついたときから一緒に遊んでもらっている、所謂幼馴染という関係だが、最近はむこうが多忙なのか姿をあまり見かけない。
「えっ、嘘、マジで好きなの?」
「何反応してるの玲……。親友でしょう?」
「なーんだ、そっちか」
期待が外れたような顔をして、玲は琉々の方にもたれる。
琉々はそれを気だるそうに、しかし、引っ付くな、という意思を示して押し返した。
「恋愛の方で好きなのかと思った」
「馬鹿」
琉々は、変に構ってくる弟から離れるために立ち上がり、自室へと移動する。後を追ってこようとした彼を一睨みしてから。
「はぁ……」
部屋に入りドアを閉めてから、琉々は溜息を吐いた。
最近玲がうっとうしい、と感じる。あの子は今がやんちゃ盛りだから、と自分に言い聞かせるが、どうも効果は無い。
ベッドに腰掛けて、また本を開く。
しばらくしてから、琉々は寝てしまった。
「……ね……ん、姉ちゃん……おい、姉ちゃんってば!」
「…………ぅ……ん……?」
「起きろよー、晩ご飯だって! 」
「……玲……」
琉々が目を覚ますと、玲の顔が目の前にあって驚く。
玲は、やっと起きた、とにっこり笑って、それから琉々に起き上がるよう促した。
「な、早く行こ行こ!」
「……うん」
「ほーら、起き上がってー、立ってー」
「わかってる。……」
心の中で、琉々は葛藤していた。
今までずっと可愛がってきた弟なのに、このいらいらする感情は何だろう。勝手に人の部屋に入って来ないでほしい。しかも馬鹿みたいにぐっすり昼寝までしていたところまで見られてしまった。恥ずかしい。いらいらする。何もかも玲のせいにしたい。
しかしそれは単なる八つ当たりであるから、と自分を押し留めた。
その日の夕食は、玲の大好物であるハンバーグだった。
* * *
次の日もよく晴れた。月曜日。
早起きの玲は琉々よりも先に家を出る。大きな声の「行ってきます」が今日も響いた。
琉々も、朝に弱いのもあって、いつもはその十分後に家を出るのだが、今日は少し遅らせて、十五分経ってから家を出ることにした。
あまり調子が出ないから、ゆっくり歩く。
途中で遅刻しそうになることに気が付いて、走って間に合わせた。
「あ、池君」
「ん?」
学校で琉々は、クラスメートの池に話しかけた。
「池君って、妹さんがいるんだよね?」
「ああ」
「変なこと訊くけど、……仲って、良いの?」
「……まぁ、普通」
「うっとうしくなったり、しない?」
「小言言われる時はな」
「そっか、ありがとう」
うんうん、と一人で納得したように頷きながら去って行く琉々の後ろ姿を、池は黙って見ていた。
家に帰った琉々は、リビングにいるであろう玲と顔を合わせたくなかったので、早々と自室にこもる。
また昼寝して二の舞にならないよう、数学の宿題を広げ始める。
「……何やってるんだろう、私……」
池の言葉を思いだしながら、琉々は考えていた。
最近陸の姿を見ないのは、琉々が玲に対して最近そう思っていたように、琉々と玲のことをうっとうしく思っていたんじゃないかと、ずっとそうだと思いこんでいた。
「違うのかな……」
理由なんて他にもいくらでもあるだろう。
勉強や部活で忙しいだとか、友達と遊んでばかりいるだとか。
そんなことを考えていたら、陸に会いたくなってきた。
思い立ったが吉日、という陸に教わった言葉を元に、琉々は部屋を飛び出して、玲がいると思われるリビングはすっ飛ばして、陸の家まで走っていった。
「陸ーっ!」
インターホンも押さずに、琉々が家の前で叫ぶと、玄関のドアを開けたのは、この家の主であるどらおじさんだった。
「あ……こんにちは」
「ああ、琉々か。久しぶりだね、陸なら――」
と、すぐにすごい勢いでおじさんを押しのけて陸が出てくる。
「琉々! なに、なんだ? どうかしたのか?」
「……陸……」
「とりあえず、二人共中に入りなさい……。……陸、さっきのは痛かったぞ……」
「おあ、ごめん。……琉々、おいで」
陸が琉々に手をさしのべたが、琉々は少し照れて、その手は受け取らずに家の中に入った。
「一人なのか?」
「うん……。あ、さっきおじさんがいたけど、今日は、診療所は?」
「今はおばさんが行ってる。で、わざわざ家の前で人の名前叫ぶぐらいだ。なんの用?」
「……あ……」
陸に訊ねられ、言おうとした琉々は躊躇う。
勢いで飛び出してきてしまったため、実際に言いたいことはうまくまとまっていない。
しかし、ここまで来たのだ――言うしかないだろう。
「……陸は、玲のこと好き?」
「これまた突然だな。……勿論好きだよ」
「親友だから……?」
「そう」
陸は笑って答えた。
その変わらない笑顔を見て、琉々は安心して言葉を続ける。
「あのね、私……玲のことが、何だか、嫌いになったみたい……」
やはりうまく言えなくて、曖昧な表現になってしまったが。
「そっか……」
陸の返事は案外素っ気無い。小さく、続けて、と言った。
「でもね、玲のこと、やっぱり大切な弟だから……好きで、でも最近うっとうしいなと思ったり、酷い言葉も言っちゃうし……」
「……そういうもんじゃないの?」
「昨日勝手に部屋に入られて、ちょっとむかついた」
「オレだっておじさんに入られるのは嫌さ」
「……そういうもの?」
「そうそう」
陸は、なんだそんなことかよ、と言って声をあげて笑った。
何がおかしいんだろうと琉々は首を傾げるも、陸が楽しそうに笑うものだから、ついつられて笑ってしまう。
「……なあ琉々。それ、玲に言ったらどうだ? ……ちょっと厳しいかもしれないけどさ」
「え?」
「玲だって、お姉ちゃんに『嫌い』って言われて泣くような年でもないだろ?」
「泣かない、とは思うけど。……」
「玲に嫌われるのが怖い、か」
陸にそう言われて琉々は言葉を詰まらせる。
が、自分が信頼を寄せる陸を疑うのも嫌なので、頷いた。
「うん、怖い……。でも、……言ってみる」
「よし。オレもいたほうがいい?」
「大丈夫。……ありがとう、陸」
「どういたしまして。またいつでも来いよ。……玲も一緒に。あと、受験応援してる」
「頑張るね」
陸に見送られて、琉々は家に帰る。
西の空は、もうすっかり、綺麗に真っ赤だった。
ただいまを言うか言わないかのうちに琉々はリビングを覗く。
琉々が思っていたとおり、玲はやはりそこにいて、宿題だろうか、数式が連なっているノートを広げていた。
「玲」
名前を呼ぶと、すぐにこちらに反応する。
「あっ、姉ちゃん。おかえりー!」
「……ただいま。あの、……玲」
「ん? 何?」
玲は鉛筆を置き体を琉々の方に向けて、琉々の話を聞こうとした。
「……私、玲のこと……、玲のことが、嫌い」
「えー、何だそれー」
「……でもね、玲のこと、大好きだから。……ごめんね」
「は?」
琉々の言葉の矛盾に、玲が首を傾げる。
「姉ちゃん、意味わかんない……」
「なっ、……人が真面目に話してるのに……」
「要するに、姉ちゃんは俺のことが嫌いで好きなんだろ?」
玲が立ち上がって、琉々の前までやってきた。
にっこり笑う、その笑顔はいつまでも変わらない。
「俺も姉ちゃんのこと大好きだって」
おやつあるかなー、と台所へ行こうとする玲に、つまみ食いするな、とも言えないで。琉々は、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
言いかけたありがとうの言葉は、夕食の席で言うことにした。
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