『――そして一位は、双子座のあなた! 想いは実ります。好きな人を大切にしてあげて。きっと二人にとって大切な一日となります。ラッキーアイテムは』
朝のニュースの終わり頃に流れる占いを、朝食を摂りながらのんびりと観ていたら、そこで母さんがテレビを切った。
「あっ、母さん、観てたのに! リモコン返して!」
「何であんたが占いを真面目に観てるのか、心底理解に苦しむわ。熱でも出た?」
理解に苦しまれるらしい。中々酷い、と僕は思った。
「たまたま一位だったから観てたんだよ」
「良いところだけを信じたって駄目。さぁ、早く学校行きなさい」
そこまで母さんと会話して、僕は玉子焼きが咽て咳き込む。
無様にごほごほと苦しんでいると、おかしい、何だか本当に咳が止まらなくなってしまった。
そういえば朝起きた時、掛け布団が全部、ベッドから落ちていたような気がする。
「……母さん、風邪ひいた」
「あら。本当? 熱は?」
「今から測るよ」
僕はサイドボードから体温計を取りだして、黙って大人しくする。待っていればすぐにそれはけたたましく鳴り響いた。
三十八度二分。
「インフルエンザかもしれないわね。今日は休みなさい」
「ねぇ母さん、この数値すごい、『はちみつ』になってる!」
折角子供のように、はしゃいでみせたのに、
「黙って蜂蜜飲んで寝たら?」
母さんの威圧に負けて、僕は制服と鞄を持って部屋に戻る。
朝のせいもあってか、ぼーっとする重たい頭は睡眠を欲している。
「病院、行くのよ」
「わかってる」
ベッドに寝転んで、今度こそ掛け布団を首まで被った。
こんこん咳が出るので、マスクを着ける。乾燥を防ぐため、暖房は電源を切ったままだ。
玄関の方から、ドアを開閉する音が聞こえる。
母さんがパートに行ったんだ。もうそんな時間なのか。確かに、呑気にテレビなんて観ている暇ではなかったかもしれない。
もしかして昼食は自分で作らないといけないのだろうか。
人間体調が悪いと、今抱えている案件や不安な気持ちもどんどん悪い方へと考えるようで、僕もやっぱり、ぐるぐると考えていた。
こんな時、どうして脳裏に浮かぶのが、好きな人なんだろう。
琉々の笑顔ばかり、いつまでも頭をちらついて離れない。
はっと目を覚まして時計を見やれば昼過ぎだった。
変な夢を見ていた気がするけど、あまり思い出せない。
ご飯をどうしようか。いっそ抜いてしまおうか、食欲もない。
そう決めて再びまどろみの中に戻る。
夕方頃にはさすがに寝るに寝られないほど目が冴えてしまった。汗でぐっしょりになった寝巻きを着替える。
僕は特にあてもなく台所を彷徨った。
適当にお湯を沸かし、そして蜂蜜とレモン汁を混ぜる。
そこで俎板の上に、おにぎりが二つあるのに気が付いた。
母さんが作ってくれていたのだろう。
僕はマグカップとおにぎりを持って、ゆっくりソファで寛いだ。
蜂蜜さえあれば何でも美味しくなる、と僕は信じて疑わないのだけど、人に言わせれば味覚がおかしいらしい。
残念ながらおにぎりと蜂蜜の食い合わせが悪いとは僕には思えないので、きっとそれは好き嫌いの問題なんだ。
疲れた体を休めるのに、甘い蜂蜜はとても効果的だった。
温かくじんわりとした感触が血流にそって僕を巡る。
気がついたように熱を測ると、下がっていた。
ぴんぽーん、とマンション独特の来訪者を知らせるインターホンが鳴ったので、蜂蜜を摂取して機嫌の良かった僕はすぐに応答した。
「はい、どちら様ですか」
受話器越しに、透き通ったガラスのような少女の声で返事が来た。モニターには制服姿が映っている。
「あ、円です。……はちみつ? 大丈夫?」
訪問者は琉々だった。
「これが……社会のプリント。それから、明日から陸が公園に行くって。高校は期末テスト終わったら春休みみたい。羨ましいよね」
本当はプリントなんて郵便受けに入れてもらったら良いのだけど、それ以前に放置してもらっていても良かったのだけど、僕は琉々を招き入れた。
「熱でうなされてるはちみつを見に来たのになぁ」
彼女はそんな冗談を、あははと笑いながら言う。
「一日中寝ていたら、もう下がったよ」
咳はまだ出ているけど。
「病院には行ったの?」
「行ってない」
「じゃあ、明日またつらくなっちゃうかもね」
琉々も琉々で、中々僕に対して酷い。
それでも、僕は、表面上落ち着いて見せるのに精一杯で、本当は嬉しくてたまらなかった。
長居することもなく、琉々はすぐに帰る。
「じゃあね、はちみつ」
その笑顔が僕にとって特攻薬。
占いが当たるとは、僕はあまり思わない。
でも、帰る直前の彼女の言葉が頭の中でぐるぐるするんだ。
・ ・ ・
「あの時の返事を変えるつもりはないけど、こんな私だけど、好きになってくれてありがとうって、いつも思っているから」
「その時まで好きでいてもいい?」
「……きっとそれは、はちみつにとって辛い選択になるよ」
それでも僕は構わなかった。
僕のことをきっぱりと断りきれない、優柔不断な琉々に甘えて、いつまでも近くにいられる、その理由に依存する。
きっぱり諦められたらいいのに。
そうした方が、琉々の言う通り、辛くない。
・ ・ ・
母さんが帰ってきた時には僕はすっかり元気を取り戻していた。
食欲もわいている。おなかがすいた。
「あんた、大丈夫なの?」
「一日中寝てた。熱はもう下がったよ」
「病院は?」
「行ってない」
「明日また熱が上がっても知らないわよ」
「酷いなぁ」
似たような会話を母さんとも繰り返す。
「まるで子供ね」
母さんはいつも僕を子供扱いしたがるけど、僕は僕で、一生懸命大人になろうとしているんだ。
欲しいものが手に入らないからといって喚き散らさず、こうしてゆっくり蜂蜜でも飲んで待つことにする。
そういえば、琉々は僕の本名、覚えていてくれているのだろうか。
* * *
夢の中で、僕は蜂蜜瓶を割った。
朝のニュースの終わり頃に流れる占いを、朝食を摂りながらのんびりと観ていたら、そこで母さんがテレビを切った。
「あっ、母さん、観てたのに! リモコン返して!」
「何であんたが占いを真面目に観てるのか、心底理解に苦しむわ。熱でも出た?」
理解に苦しまれるらしい。中々酷い、と僕は思った。
「たまたま一位だったから観てたんだよ」
「良いところだけを信じたって駄目。さぁ、早く学校行きなさい」
そこまで母さんと会話して、僕は玉子焼きが咽て咳き込む。
無様にごほごほと苦しんでいると、おかしい、何だか本当に咳が止まらなくなってしまった。
そういえば朝起きた時、掛け布団が全部、ベッドから落ちていたような気がする。
「……母さん、風邪ひいた」
「あら。本当? 熱は?」
「今から測るよ」
僕はサイドボードから体温計を取りだして、黙って大人しくする。待っていればすぐにそれはけたたましく鳴り響いた。
三十八度二分。
「インフルエンザかもしれないわね。今日は休みなさい」
「ねぇ母さん、この数値すごい、『はちみつ』になってる!」
折角子供のように、はしゃいでみせたのに、
「黙って蜂蜜飲んで寝たら?」
母さんの威圧に負けて、僕は制服と鞄を持って部屋に戻る。
朝のせいもあってか、ぼーっとする重たい頭は睡眠を欲している。
「病院、行くのよ」
「わかってる」
ベッドに寝転んで、今度こそ掛け布団を首まで被った。
こんこん咳が出るので、マスクを着ける。乾燥を防ぐため、暖房は電源を切ったままだ。
玄関の方から、ドアを開閉する音が聞こえる。
母さんがパートに行ったんだ。もうそんな時間なのか。確かに、呑気にテレビなんて観ている暇ではなかったかもしれない。
もしかして昼食は自分で作らないといけないのだろうか。
人間体調が悪いと、今抱えている案件や不安な気持ちもどんどん悪い方へと考えるようで、僕もやっぱり、ぐるぐると考えていた。
こんな時、どうして脳裏に浮かぶのが、好きな人なんだろう。
琉々の笑顔ばかり、いつまでも頭をちらついて離れない。
はっと目を覚まして時計を見やれば昼過ぎだった。
変な夢を見ていた気がするけど、あまり思い出せない。
ご飯をどうしようか。いっそ抜いてしまおうか、食欲もない。
そう決めて再びまどろみの中に戻る。
夕方頃にはさすがに寝るに寝られないほど目が冴えてしまった。汗でぐっしょりになった寝巻きを着替える。
僕は特にあてもなく台所を彷徨った。
適当にお湯を沸かし、そして蜂蜜とレモン汁を混ぜる。
そこで俎板の上に、おにぎりが二つあるのに気が付いた。
母さんが作ってくれていたのだろう。
僕はマグカップとおにぎりを持って、ゆっくりソファで寛いだ。
蜂蜜さえあれば何でも美味しくなる、と僕は信じて疑わないのだけど、人に言わせれば味覚がおかしいらしい。
残念ながらおにぎりと蜂蜜の食い合わせが悪いとは僕には思えないので、きっとそれは好き嫌いの問題なんだ。
疲れた体を休めるのに、甘い蜂蜜はとても効果的だった。
温かくじんわりとした感触が血流にそって僕を巡る。
気がついたように熱を測ると、下がっていた。
ぴんぽーん、とマンション独特の来訪者を知らせるインターホンが鳴ったので、蜂蜜を摂取して機嫌の良かった僕はすぐに応答した。
「はい、どちら様ですか」
受話器越しに、透き通ったガラスのような少女の声で返事が来た。モニターには制服姿が映っている。
「あ、円です。……はちみつ? 大丈夫?」
訪問者は琉々だった。
「これが……社会のプリント。それから、明日から陸が公園に行くって。高校は期末テスト終わったら春休みみたい。羨ましいよね」
本当はプリントなんて郵便受けに入れてもらったら良いのだけど、それ以前に放置してもらっていても良かったのだけど、僕は琉々を招き入れた。
「熱でうなされてるはちみつを見に来たのになぁ」
彼女はそんな冗談を、あははと笑いながら言う。
「一日中寝ていたら、もう下がったよ」
咳はまだ出ているけど。
「病院には行ったの?」
「行ってない」
「じゃあ、明日またつらくなっちゃうかもね」
琉々も琉々で、中々僕に対して酷い。
それでも、僕は、表面上落ち着いて見せるのに精一杯で、本当は嬉しくてたまらなかった。
長居することもなく、琉々はすぐに帰る。
「じゃあね、はちみつ」
その笑顔が僕にとって特攻薬。
占いが当たるとは、僕はあまり思わない。
でも、帰る直前の彼女の言葉が頭の中でぐるぐるするんだ。
・ ・ ・
「あの時の返事を変えるつもりはないけど、こんな私だけど、好きになってくれてありがとうって、いつも思っているから」
「その時まで好きでいてもいい?」
「……きっとそれは、はちみつにとって辛い選択になるよ」
それでも僕は構わなかった。
僕のことをきっぱりと断りきれない、優柔不断な琉々に甘えて、いつまでも近くにいられる、その理由に依存する。
きっぱり諦められたらいいのに。
そうした方が、琉々の言う通り、辛くない。
・ ・ ・
母さんが帰ってきた時には僕はすっかり元気を取り戻していた。
食欲もわいている。おなかがすいた。
「あんた、大丈夫なの?」
「一日中寝てた。熱はもう下がったよ」
「病院は?」
「行ってない」
「明日また熱が上がっても知らないわよ」
「酷いなぁ」
似たような会話を母さんとも繰り返す。
「まるで子供ね」
母さんはいつも僕を子供扱いしたがるけど、僕は僕で、一生懸命大人になろうとしているんだ。
欲しいものが手に入らないからといって喚き散らさず、こうしてゆっくり蜂蜜でも飲んで待つことにする。
そういえば、琉々は僕の本名、覚えていてくれているのだろうか。
* * *
夢の中で、僕は蜂蜜瓶を割った。
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