あの日、はちみつが私のことを好きだと言ってくれて、本当に嬉しかったです。今でもその気持ちがあったら、この手紙を読んで下さい。

 私は、はちみつが思っているほど良い女の子ではありません。
 たくさんの人を傷つけてきました。
 これから書くことは、私が小学校六年生の時のことです。

 五年生の時まで、私は陸と一緒に登校していました。
 しかし、陸が卒業して中学に入り、登校先の方角は正反対。一緒に通うことはできなくなりました。
 陸は中学で新しい友達ができて、放課後も会えなくなりました。
 私にも、教室に友達はいたけれど、中学受験をするということで、彼女たちとも中々一緒にはいられません。
 ある日のこと、私は下校中に転んで足を挫いてしまいました。一人で、陸の家、時岡診療所へ行きました。
 おじさんもおばさんも私を厚く迎えてくれたけれど、私が陸のことを訊ねた途端、顔を曇らせました。
「陸が反抗期を迎えたので、琉々ちゃんは会わないほうがいいよ」
 とおじさんは悲しそうに良いました。

 それでも私は陸に会いたくなると、無意味に転びわざと怪我をしては診療所に行きました。今から思うと、とても馬鹿なことをしたものですね。でも当時の私は幼い思考力しか持っていませんでした。
 その内、毎日のように擦り傷を作ってくる私を怪しんで、おじさんは私の家に連絡を入れたそうです。つまりは虐待を疑われたわけですが、結局はおじさんたちの杞憂でした。
 そんな風に通いつめても、一回も陸には会えませんでした。
 私はいつしか諦めて、学校行事に勤しむようになりました。

 夏休みに入る前ぐらいの時のこと。
 これもまた下校中の出来事だったのですが、私は、陸と同じ中学に通う人に絡まれました。
 歩きながら本を読んでいて、ぶつかった私が悪いのは当然でした。
 しかし、その人たちは暴力で私に仕返しをしようとしてきたのです。
 私は怖くて動くこともできませんでした。
 絶対に殴られる、と確信した時、まるでタイミングを見計らったかのように陸が現れたのです。
 陸はあっという間に彼らを別の場所へ連れて行ってしまいました。
 後を追いかけようとしても、見失ってしまいました。
 私は診療所へ行き、おじさんたちにそのことを話しました。
 そこで、陸が家に帰ってきていないことを知ったのです。
 ゴールデンウィークの頃におじさんと喧嘩をして、それ以降友達の家に泊まっているとのことでした。
「陸が大人になろうとしているのを、おじさん達が引きとめちゃったからだよ」
 おじさんたちが陸のことを辛そうに話すので、私は何も言えなくなりました。

 次は、夏休みに入り、地域の夏祭りの日のことです。
 なんと陸が私の家に来ました。
「約束してなかったけど……祭り行けるか?」
 バツの悪そうな笑顔で、陸が門のところで笑っているのが、なんだかとても懐かしく思えました。
 久しぶりに会えて嬉しくて、色んなことを話しました。
 私の質問攻めに、陸は苦笑しながら、時には真面目な顔で答えてくれました。彼は何も変わっていませんでした。
 おじさんと仲直りしたのか、もうずっと家にいるのか。
 私の不安を全て取り除くように、陸が「もう大丈夫」と言いました。
 陸の両耳には、十字架の形をしたピアスが光っていました。
 夏祭りはとても楽しかったけれど、楽しい以外の何かもそこにはありました。

 毎日ではないけれど、また陸に会えるようになりました。
 私は、とても嬉しくて、喜んで会っていたけれど、次第に独占欲が強くなっていくのがわかりました。
 春にそうしたように故意に怪我を作ったり、わざと話や遊びを長引かせたり、とにかく陸を繋ぎ止めるのに必死でした。

 夏休みが明けた頃から、私はクラスで浮き始めました。
 何がきっかけだったのはかよくわからないし、彼らもよくわかっていなかったんだと思います。多分、毎日怪我をしている私が気味悪いとか、そういうことでしょう。
 陸と一緒にいたいがために、私はクラスの子との関係を疎かにしていました。
 友達だと思っていた女の子は私に背を向け、男子からは突き飛ばされ、終いには学年中から無視されていたようです。
 私は学校であったことは一言も陸に話しませんでした。
 陸に縋るのではなくて、自分で解決しようと思っていたからです。
 毎日毎日学校でも家でも一人で泣いたけれど、頑固なことに、誰にも頼ろうとしませんでした。

 もう家族にはバレていたような気もしますが、最初に指摘したのは陸でした。
 私は頑なに否定しましたが、陸には敵いません。
「琉々。嫌なことがあったら、我慢しなくていいんだ」
 私は、その日の夜、安心した気持ちで眠れたのを覚えています。

 翌日は清清しい気分で授業を受けることができました。
 たとえ私の方に消しゴムの屑や紙飛行機が飛んでこようとも、さされて答えを発表した後にくすくす笑われようとも、陸がいるから大丈夫、そう思えました。
 放課後のことです。
 校門あたりで騒がしくなりました。
 下足室で靴を履き替えていると、クラスの女の子が急に私の手をひきました。走って行った先は、もう既にたくさんの生徒たちでごった返していましたが、中心に誰がいたかはよくわかると思います。
 陸でした。
 彼は、ある男子を捕らえていました。
 何故だか私は、以前中学生に絡まれた時のことを思いだしました。
 それほどに、その時の陸が怖かったのです。
 これから何が起こるのか、わかるようで。
 あっという間に先生たちがやってきて、陸が連れて行かれました。
 その後で、私も職員室に行きました。

 話を聞けば、陸は既に数人の男子生徒を恐喝していたそうで、診療所から駆けつけたおばさんは何度も何度も頭を下げていました。
 直接暴力ではなかったものの、陸は中学から、休学処分との判断が下されていました。
 この件の原因でもある、私が受けていたことは果たしていじめだったのかということについては、私自身が否定しました。
 綺麗事で言うならば、被害者面できないと思ったからです。
 私を傷つけた男子も女子も、この事件でかなり傷ついたようでした。私は加害者です。陸をも巻き込んでしまいました。
 勿論、彼らが受けた傷は、いつかは風化してしまうかもしれません。しかし、全員が全員忘れられるとも限りません。
 私は、私が彼らに与えた傷を忘れてはいけない、と誓いました。

 これが、私が小学校六年生の時に起こした事件です。

 以前、はちみつは私に「友達が多そう」だと言っていましたね。
 今の私には、友達と呼べるのは、はちみつだけです。
 クラスの生徒の殆どは小学校からの持ち上がりなので、この事件を知っている人は、私とその後ろにいる陸のことを怖がって、決して私をハブらないようにしているようです。
 あの時から、学校ではずっと仮面だけの付き合いをしてきました。
 あなたが何も知らないことを利用して、私は良い子、普通の子に見えるように振舞っていただけです。
 クラスの誰からも嫌われていた私が、何も知らない転入生に告白されるのも滑稽な話だと、最初はそう思いました。
 でもはちみつは、話も合うし、優しくて、面白くて、一緒にいて楽しくて、どこか放っておけないようなところがあるから。
 私は、はっきりと返事をすることができないままでした。
 簡単に言ってしまえば、今の関係を崩したくなかったのです。

 どうですか。
 この話を知っても、まだ私のことが好きだと言えますか。

 読んでいてわかると思います。
 やっぱり、私はまだ、陸のことが好きです。
 でも、人を本気で好きになってもいいのか自信がありません。
 ごめんなさい、はちみつ。こんなに答えを引き延ばしてしまって、私はどこまでもずるい人間です。
 好きになってくれて、本当にありがとう。
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