1.記憶喪失 (琉々と玲)
「もし私が記憶喪失になっても、玲は私のことを覚えていてくれる?」
「今日は何の小説を読んだんだよ、姉ちゃん……」
「伝説の勇者が記憶を失って世界を襲う話」
 暗いなぁ。玲は思った。
 世の中ハッピーエンドばかりではない。わかっているつもりでもやっぱり、『勇者』と言う響きには憧れがあるのだ。
 世界は勇者によって救われるものである。
 うんうんと玲は頷いて、そして姉の持つ本の背表紙を見た。
 この間、図書館に行って借りてきたシリーズ物だった。一巻から十巻まで。
「まだ読んでないのにネタバレしやがって!」
「あ、ごめん」
「なんで九巻から読んでるんだよ!」
「だって私、この本学校の図書館で途中まで読んだもの……」

2.入れ替わり (由良奈とはちみつ)
 由良奈は席替えが憂鬱だ。
 クジ運が悪いのか、毎回池や千尋と席が遠い。
 今回もまた、溜め息を吐いた。
「随分離れちゃったね、由良奈」
「運の問題やからな……しょうがないわ」
 ちらりと池の方を見やると、彼は窓際後ろへもそもそと移動していた。
 自分の手元にある紙を何度確認しても、近づけるはずもなく。
 鞄を肩に引っ掛けて、黒板前の方へ机と椅子を引きずった。
 はちみつとすれ違う。頭の蝶の髪飾りから甘ったるい香りがした。
「若園さん?」
「元織ですー。はちみつ、いい加減名前覚えや」
「はい、落ちてたよ」
 そう言われて受け取ったのは。
「……え、この番号って……」
 はちみつがやたらにやにやした顔で見てくるのが悔しい。

3.性格反転 (陸とはちみつ)
「僕、陸となら付き合ってもいいかもしれない」
「上から目線だな」
 というか付き合う気なのかよ、という陸のツッコミは宙に消えた。
 はちみつは、陸の両手を自分の両手でぎゅっと包みこむようにして握る。
 そして顔をずいと近づけ、上目遣いで見つめた。
「じゃあ逆ならいいの?」
「なんの逆だよ?」
「んー?」
 陸が訊くと、彼は誤魔化すようににやにやと笑う。
「なんなんだこれこのシチュエーション」
「お願いします陸様、どうかこの僕を、いつまでも傍に……」
 そう言った後、ようやく陸から離れた。
 見た目は華奢で色白なのに、勿体ないと思ったことは宙に消すことにして。
「お前はいつものまんまでいいよ」
 ありきたりの言葉で慰めた。

4.タイムスリップ (団花と桜子)
 月に一度、団花は祖母の家に泊まりに行く。
 昔ながらの駄菓子屋に、呉服屋、量り売りの肉屋、古い木造建築の家が立ち並ぶ。
 そして踏切の向こう側には綺麗な夕焼けが眺望できる。
 まるでタイムスリップしたかのようなこの町が、団花は大好きだった。
 幼い頃に出会った幽霊は、今でも団花にとって友達だ。
「桜子さん……」
「あれ、団花ちゃん。今日も来たん?」
「だって……ここに来たら、いつも桜子さんがいるから……」
 やっと、引っ越した先で友達ができたよ。
 今日はそう言いに来たのに。
「嬉しそうな顔してるね。友達でも出来たん?」
 季節外れの彼岸花が揺れている。
 団花はどうしようもなくノスタルジーな気分になった。

5.女装 (陸と有斗)

 秋深まる下校時。
 弓道部の活動が終わる頃には、辺りは真っ暗だった。
 自転車の無灯運転は犯罪だーなどと言いながら、陸と有斗は一列に並んで帰る。
「そういえば文化祭、お前のクラスはなにすんの?」
 何気ない陸の質問に、有斗は思いっきり溜め息を吐いた。
「……メイド喫茶。そっちは?」
「劇!」
 楽しそうに陸は答える。
 そんな様子を見て、有斗は羨ましく思った。
「陸、文化祭女装する?」
「しねーよ。……って、まさか」
 次の瞬間、まるで陸から逃げるかのように、有斗は全速力でペダルをこぐ。
「お、オレは、裏方だからな!」
「バレバレの嘘は吐くもんじゃないぞー!」
 どんまい、と陸が後ろから叫ぶ声は、住宅街の暗闇に消えた。

6.夢オチ (琉々と陸)
「ごめん、琉々。遅かったんだ……」
 それは琉々自身がはちみつに言おうとしていた言葉。
「嘘! どうして、ねぇ、陸!」
 離れていく陸の手を、琉々は必死に追いかけた。
「待って!」
「本当に、ごめん」
 いっぱいいっぱい右腕を伸ばす。
「ごめんなんて、言わないで……!」
 琉々がどれだけ叫んでも、陸はそれに頷こうとはしなかった。
 ただ悲しそうな、苦しそうな顔をして。
 どこまでも、超がつく人の好さが災いして、固く拒絶することがない。
 それが伝わるからこそ、琉々は心臓が壊れてしまうほどに傷ついた。
「琉々……」
「……ぅ、あ……」
 陸の目が切なげに揺れる。
「泣かないで」
 そこで目を覚ました。

7.昔の写真 (有斗と風斗)
 朝の天気予報では、夜から雷雨だと言っていた。
 今は雨は降っておらず、遠くで雷の鳴る音だけがする。
 時間が経つにつれ、音は徐々に近づいてきているようだった。
「すごい雷だ」
「ごろごろ鳴ってる!」
「今日は早く寝よう、風斗」
 こんな時、有斗は、風斗が生まれた日のことを思い出す。
 当時八歳だった。「お兄ちゃんになるから」と、親の前で強がってみせたことを。
 ずっと病院の廊下で待っていた。夜で、外は暗くて、時々光り、大きな音がした。
「風斗……? 眠れないのか?」
「うん……にーちゃん、おかーさんとおとーさんは……」
「まだ仕事だ。大丈夫、絶対帰ってくる。……そうだ、昔話でも、してあげようか」

8.殺人料理 (香澄と玲)
 調理実習の時、香澄は張り切る。
 班員の仕事がなくなって、担任の教師から
「評価できなくなるので、池さんはしばらく座っていてください」
 と言われたほどだ。
 事実彼女の料理は美味しいので、誰も文句は言わなかった。
 ただ一人を除いては。
「池、座ってて」
「円玲に何ができるって言うんだ?」
「そうじゃない。このままじゃこの班の子は本当に家庭科の成績がつかなくなる。先生の言葉、ちゃんと聞いていたか?」
 この二人の対立もそう珍しくない。
 周りの生徒は、香澄が暴力に訴えださないかヒヤヒヤしながら見守っていた。
 火、危ない。
「今度はヒーローどころか、英雄だな」
 玲の皮肉がよくわからず、香澄は両手を挙げて降参した。

9.幼稚園ネタ (千尋と琉々)
「若園さんと私、同じ幼稚園だったよね?」
 琉々に話しかけられて、千尋は顔を上げる。
「……そうだったと思うけれど」
 こうして中三まで学校が一緒なのだから、幼馴染という関係にも値するのだろう。
 琉々も千尋も、どちらかと言えば教室の隅で大人しくしているタイプだ。
 しかし一緒に遊んだことはあるはずだった。
「ごめん、円さん。あんまり覚えてないかも」
「うん……私もそうなんだよね。でも、確か、よく同じ本を読んでいたと思うの」
「そうだっけ?」
「リスが夏に寝ちゃう絵本とか」
「あぁ……あったような気がするかな」
 いつから名字にさん付けで呼び合うようになったのか。
 千尋はその心当たりを胸にぎゅっと押さえつけた。

10.そんな……あなたが、敵…!? (はちみつと琉々と由良奈と健一)
 中三といえば高校受験。
 学年一位の成績を誇るはちみつは、担任からも榊学園を薦められていたが、楓高校へ進路を希望した。
「何だか意外。はちみつが楓だなんて」
「あんた何で榊にせえへんねん。もう一人枠決まってるようなもんや」
 由良奈が溜め息を吐く隣で、琉々は呑気にあははと笑う。
 出願一週間前ということで、志望校別に班を作り、行き方などを相談する時間だった。
「僕達の他に楓はいないのかな」
「……俺もだ」
 はちみつの後ろにいた池が、その発言によってようやく影を増す。
「池くん!?」
「あ、池君もだったんだね」
「ごめん、池のこと忘れてた」
 由良奈は三人に向けて右手を伸ばし、呟いた。
「……絶対、皆で受かろうな」


title by "TOY"
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