陸は、七歳の時、どらおじさん夫婦の家に引き取られた。
「今日から陸は、ここでおじさん達と暮らすんだよ」
「もちろん、今まで通りで全然構わないわ。私達と仲良くしましょうね」
 生まれた時からの親戚付き合いもあって、陸は彼らのことは大好きだったし、彼らも陸のことを実の息子のようにとても大切にしてくれた。

 これは、そんな陸が小学二年生にあがる少し前の話。
 桜の花が、丁度満開だった。

  * * *

 いい天気に誘われるように、一人で散歩をしていた陸は、とある公園の前で足を止めた。
 目の前にころころ   と。
 ルービックキューブが転がってきたからだ。
「ごめんなさーい!」
 陸がおもむろにそれを拾うと同時に、愛らしい声がした。公園の方からまだ幼い少女と少年が駆け寄ってくる。
 見た目で判断するに、陸よりも年下だろう。五歳、三歳といったところか。
 少年は、陸の持っているルービックキューブを指差す。
 ああ彼のものなのか、と理解して、陸はその小さな手にそれを握らせた。
「玲、『ありがとう』って言うんだよ?」
「ありがとう!」
 まだ小さいのにしっかりしているなあ、と陸は思う。
 少女と少年の容姿はどこか似ている。恐らく姉弟だ。
 公園のベンチには、二人の両親らしき大人も座っていた。きっと仲の良い家族なのだろう。
「ねぇねぇ、一人なの?」
「ぼくたちといっしょにあそぼうよ」
 突然そう言うなり、少女はぐいっと陸の腕を引っ張った。強引に連れて行った先は、赤と青のブランコ。
「ブランコは、二つしかないから……交代ばんこね」
 などと少女が言う。
 まだ陸が返事もしていない内に、二人の中で一緒に遊ぶことは確定事項となっていたようだ。
「あっ、名前! 私、琉々っていうの。こっちは弟の、」
「玲です!」
「……オレは、陸」
 それから陸は、その姉弟に半ば振り回されるようにして、一緒に遊んだ。
 ブランコでどれだけ高くこげるか競ったり、すべり台で玲を膝に乗せて滑ったり、ジャングルジムのてっぺんを目指したり。鬼ごっこは一回だけやって、陸の走りが速かったために、これじゃ追いつけないと玲が泣きだして、結局その後はかくれんぼをすることになった。
「陸さん速いなぁ……」
「陸さんのいじわるー」
「ごめん、ごめん。あ、あと、別に『陸』でいいんだぜ?」
 陸は、時間が経つのもほとんど忘れて楽しんでいた。  いつもは一人で散歩していた。おじさん達は陸を自由にさせていたから、帰宅予定時間と行き先さえ言っておけば、ふらりと外に出るのも容易い。
 そして、学期末に転校してきたものだから、学校ではまだ、放課後に遊ぶような友達もいなかった。

 休憩と言って、陸達は再びジャングルジムのてっぺんに腰かける。
「陸ってすごいね! なんでも上手だね!」
「なんでも、ってわけじゃないんだけどな……」
「そうなの? じゃあ、これできる?」
 玲がトレーナーのポケットから、ルービックキューブを取り出して、陸に手渡した。
「あ、それ、私が買ってもらったのに、玲がいつも取るの」
「だってぼく、これすきだもん」
「……ルービックキューブかあ……できるかなあ」
 かしゃかしゃ、と音を立てて、陸は適当にそれを回してみる。色はばらばらで、一面も揃っていない。
「ここが赤だから……。って、あれ? っかしいな……」
「むずかしいよね。私も玲も、まだできないんだ」
「陸、がんばれー!」
「おうよ、任せろ」
 陸は何度も確かめながら、くるくると回す。コツを掴んだのか、途中から手の動きが早くなった。
 様子を見ている姉弟の目が、輝く。
「――できた。……一面だけ」
「わーい!」
「あっ、本当だ、すごい! すごいよ陸!」
 陸の手の中で、青だけが、綺麗に九つ揃った。
 ぱちぱちと手を叩いた琉々が、拍子でバランスを崩す。そのふらついた体を、陸は空いている右手で素早く支えた。
「おい! 危なっかしいなあ……っ」
「おねえちゃんだいじょうぶ?」
「あはは、大丈夫、平気。……うれしくって」
 無事で良かった、と三人は胸を撫で下ろす。
「何だか王子さまみたい」
「じゃあ琉々はお姫さまだな」
「ぼくはおうさま!」
 春独特の強い風が吹いて、桜の花びらが、ふわりと空を舞った。手が届くぐらい近くにあっても、流石にもう、花びらを掴もうとはしないけれど。
 それから、ジャングルジムを降りた。
「はい、玲。あ、それとも琉々に渡したらいいのか?」
「私に! ありがとう」
 陸はルービックキューブを、今度は琉々の手に。
 琉々―、玲―、と二人の名を呼ぶ大人の声がする。
 気がつけば太陽はすっかり西の彼方。公園の遊具の影は長く伸びて、時計台は五時の知らせを奏で始めた。
「……お母さんが呼んでるから、もう帰らないと」
「ええー? ぼくいやだ、まだあそびたい!」
「玲……」
 駄々をこね始めた玲の手を琉々が握る。
 その琉々も、寂しそうな表情を浮かべているが。
「陸、あのね、私ね、桜が好きなの」
「……うん」
「だから、明日も来るから……」
 明日も来てね。
 琉々の声は震えて、とても小さい。
 陸は大きく頷いた。
 二人の両親にお礼を言われて、その家族を見送ってから、陸は帰路に就く。
 今度はなにして遊ぼう、なんて考えながら。
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